うちの子は発達障害じゃない!

2019/06/01

今や小学校のクラスに1~2名はいるとされている発達障害児。適切な対応をすることによって、本人の生きづらさの解消や長所を伸ばすことにもつながる反面、我が子の発達障害を認めない親御さんもたくさんいます。

 

幼稚園の時からトラブルの多かったA君

 

明るく元気なA君は遊びの中で他のお友達とトラブルを起こしがちで先生の指示が通らないこともありました。

A君のお母さんも明るく社交的で、A君がクラスの子とトラブルを起こしてしまっても、きちんと謝罪する人でしたので、A君に対し「発達障害なのかな?」と少しの違和感をもっても直接A君のお母さんに伝える人はいませんでした。

その後も他生のトラブルはありながらも幼稚園を卒園し、小学校へと入学しました。ところが、進学してから幼稚園の時に増してA君がトラブルを起こすようになり、授業中に立ち歩く・校庭まで脱走する・嫌がる他の生徒にちょっかいを出す・帰宅途中に迷子になる等ありましたが、A君のお母さんは「うちの子は少し変わっているから」で済ませていました。

特別支援学級とのつながり

 

小学校には特別支援学級があり、普通学級との交流も盛んにおこなわれています。また、普通学級にはない知育玩具等もあり、自由に遊べるようになっているので、休み時間に特別支援学級に生徒たちが遊びにいくこともたくさんあります。

A君も休み時間になると魅力的な用具や設備のある特別支援学級に足を運ぶことが多くなり、次第と普通学級へ戻るのを拒むようになりました。遊びにくる様子を見ていた特別支援学級の先生は普通学級の担任の先生と相談し、A君のお母さんに発達検査の実施と特別支援学級に通うことを検討してもらえないか持ちかけました。

ところが、A君のお母さんは「うちの子は発達障害ではなく、少し変わっているだけ!」と頑なに拒否。結局A君は普通学級に在籍したまま特別支援学級へ遊びに行くことも禁止され、度重なるトラブルと共に不登校になりました。

不登校となったA君のもとへ、担任の先生と特別支援学校の先生が訪れ、A君のお母さんに発達障害は珍しい事ではないことや「障害」と名前が付いているけど素敵な個性を持つこと、A君自身も生きづらく辛い思いをしているであろうことを話しました。帰り際に先生はA君に「いつでも遊びに来てね」と声をかけ、この訪問後A君は特別支援学級に遊びに行きたいとお母さんに伝え、不登校が解消されました。

A君にはその後、「広汎性発達障害」の診断がおり、A君の描く筆の力強さや個性を生かし書道を習わせました。すっかり書道の楽しさに目覚めたA君は、個性的かつ力強い作品を生み出すようになり、書道を通じて礼儀の大切さや集中力を学び、少しずつ落ち着き、周りとのトラブルも起きないようになりました。